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ソウルが安らぐ場所へ 東田トモヒロ

今、ここを、最高に暮らす

「九州アイランド、ヤパイね。オレが住んでるところが一番!」

 もうどこにも行かなくていい。彼と話していると、不思議とそんな気持ちになってきます。そして、ありのままでいいんだという、そこはかとない安心感が湧いてくるのです。

 東田トモヒロ。ミュージシャン。
 大手レコード会社からデビューの声がかかったとき、「熊本に住んだままでいいなら」という条件を出した人。レコード会社はその条件を飲んで契約し、メジャーデビュー。その後インディーズヘ移籍し、2012年からは自身のレーベルをつくって活動しています。「自給的な暮らしは四季折々に関わっていかないといけないから、何かに属しているとできないよね。どこかと契約してレコーディングやライブの話がきたら、田植えや稲刈りができなくなる。断っても迷惑かけるし…。だからオレには、音楽業界からオフグリッドすることが必要だったんだよ」

 東京のぺースで生きるよりも家や家族、地域に軸足を置きたい。田んぼや畑をやりながら自給的な暮らしをしたい。そんな思いが彼を、より深く地元へとつないでいったのでした。

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未来ヘ一歩踏み出すために

 地元の大学に進学し、音楽活動を始めた彼。20代の頃に音楽仲間と一緒に上京し、東京での活動を始めましたが、都会の水があわずに体を壊して一年で帰郷。その後は熊本を拠点に活動、自分でつくったCDがレコード会社の目にとまってデビューが決定。関東と熊本を言ったり来たりするうちに、サーフィンを通じて原発問題に出会いました。

「サーフライダーズファンデイションが青森県六ケ所村の核燃料再処理施設の問題に取り組んでいて、一緒に電気を使わないライブをしたりした。長く活動してきた上の世代の人達とも出会って、オレ達の世代も、次の世代にメッセージしていかないといけないと思い始めたよ。それは具体的に目に見える形でしないといけないと思う」

それが、自分の暮らしの場をオフグリッド(送電線を使わない独立電源)にして、自然に寄り添って暮らしていくことでした。

「自分のやり方を思い描いていた頃に3・11が起きて、スイッチになったんだよ。今、それをやろうっていうね」

 そんな時、ライブで訪れた高知で元東電職員の木村俊雄さんに出会い、意気投合。木村さんからオアグリッドの技術を教えてもらい、2011年11月に600w の太陽光発電システムを設置。現在は1キロワット程に増やし、自分達が使う電力はほぼ賄えているといいます。

「電気を自分でつくった時、すっごい感謝の念が生まれてきた。結構大変っすね、電気つくるの。今まで金払えばどんだけ使ってもいいって思ってましたオレ(笑)。すっごい感謝してるんですけど、地下の資源を使わなくてもいいかなと思いました。自分でやってみてって(笑)。感謝を伝えないと聞いてもらえないよね。
ありがとうがないとさよならにならない。全部お金でなんとかしてきたことをやめて、別の旅に一歩ふみ出すんだよ」

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次の世代に残していきたいもの

 家のそばで畑もはじめ、友人と一緒にオフグリットのスタジオもつくり始めました。彼にはもうひとつ、夢があるのです。

「オレが子どもの頃はこの辺りを走り回って遊んでいたけど、家の廻りの風景をみたら子どもの頃と違っていた。使わないから竹も伸び放題で荒れ放題。竹を切って開墾したここにスタジオをつくったら、次はあそこの竹を切って水源を奇麗にしようかな。昔みたいに」

 子ども達に昔の風景を見せたい。自然や地域とコミュニケーションをとるようになって欲しい。それを何かに頼るんじゃなくて、自分でやっていくのが彼のスタンス。

「一カ所でもソウルが安らぐ場所があればいい。オレにとってそれはライブであり、サーフィンであり、家であり、アトリエなんだ」

 そうやって自分を縛っているものをひとつひとつ削ぎ落しながら暮らしをつくっていくうちに、こだわりがなくなり、感謝が生まれ、ミュージシャンとしての自由度が増していくのだそうです。

 そんな、音楽を奏でるように暮らす東田流ライフスタイルは、自由でやさしく、そしてしっかりと大地に根付いていました。

東田トモヒロ・ひがしだともひろ
1972年熊本生まれ。「LOVE &FREE」をテーマにメッセージ性の高い歌を歌い続けるシンガーソングライター。自然農とエネルギーの自給自足を実践しながらソロ名義とスリーピースパンド「東田トモヒロ&The Roasters」で活動を続ける。
<change the world>代表。
http://www.higashidatomohiro.jp/

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